結論から書きます。AI による詐欺・なりすましへの対策は、ツールの導入ではなく「本人確認の根拠を、声・顔・文面から切り離すこと」です。具体的には、(1) 連絡が来たチャネルとは別の経路で折り返す、(2) 事前に共有した合言葉を使う、(3) 金額や権限の基準を決めて二人承認にする。この3つを社内規程に書き、1か月以内に全員へ周知するだけで、現場の判断は大きく変わります。
この記事では、なぜ従来の「声で分かる」「いつものメールアドレスだから大丈夫」が通用しなくなったのかを整理し、明日から着手できる見直し手順を具体的に示します。
なぜ声や顔が本人確認にならなくなったのか
まず用語を整理します。ディープフェイクとは、AI を使って実在する人物の顔や声を合成し、本人が話しているように見せる技術のことです。音声クローンはその音声版で、本人の発話サンプルから声色や話し方を再現します。ビジネスメール詐欺(BEC)は、経営者や取引先になりすましたメールで送金や情報提供を指示する手口を指します。
この3つは、もともと別々の脅威でした。それが近年は組み合わされ、「取引先を装うメールが届き、確認のために電話をかけると本人の声で応答し、念のためビデオ会議をつなぐと顔も映る」という連鎖が技術的に可能になっています。
実際の事件として広く報じられたものに、香港で多国籍企業の従業員がビデオ会議に参加し、画面に映っていた上司や同僚が合成映像だったにもかかわらず指示に従って多額の送金をした、という香港警察発表に基づく報道があります(2024年前半に各国メディアが報じました)。金額や詳細は報道によって幅がありますが、「ビデオ会議で顔を見て声を聞いたうえで騙された」という点が、従来の詐欺と決定的に違うところです。
音声合成に必要なサンプルの長さは、提供事業者の説明では数十秒程度とされるものもあります。採用動画、展示会の登壇、電話の自動応答、SNS の短い動画——社長や経理担当の声は、思っているより外部に出ています。
自社のどこが狙われる? — 手続きの棚卸し
対策を全社一律にすると続きません。「だまされたときの損失が大きく、かつ口頭やメールだけで動かせる手続き」に絞ります。まず次の観点で棚卸しをしてください。
| 手続きの例 | 危険の中身 | 優先度 |
|---|---|---|
| 振込先口座の変更依頼 | 金銭の直接的な流出。取引先なりすましの定番 | 最優先 |
| 緊急の送金・立替の指示 | 「急ぎ」「内密に」で確認を飛ばさせる | 最優先 |
| アカウントのパスワード再設定、多要素認証の解除 | 情報システム部門への電話なりすまし | 高 |
| 個人情報・名簿・契約書の送付 | 漏えいと二次被害。発覚が遅れやすい | 高 |
| 採用面接、本人確認を伴うオンライン手続き | 別人がなりすまして業務につく | 中 |
| 社内の日程調整、資料共有 | 損失は小さいが、信用を得る踏み台にされる | 低 |
「最優先」と「高」に入った手続きだけで構いません。この数行を洗い出すのに、担当者2〜3人で30分もあれば足ります。
最初に決めるのは何? — 折り返し・合言葉・二人承認
棚卸しが終わったら、該当する手続きに次の3点を当てはめます。
1. チャネルを変えた折り返し
依頼が来たメールに返信しない、かかってきた番号にかけ直さない。これが鉄則です。社内の名簿や契約書に記載された連絡先を使い、こちらから別経路でかけ直します。メールで来たら電話、電話で来たらチャットや対面、という具合です。
「相手の番号が普段と同じだった」は根拠になりません。発信者番号は偽装できますし、メールアドレスも1文字違いのドメインが使われます。相手が指定した連絡先は、すべて相手の支配下にあると考えてください。
2. 事前に共有した合言葉
声も顔も偽れる以上、本人しか知らない情報で確認します。家族間の「合言葉」と同じ発想を、取引先と社内に持ち込みます。
- 重要度の高い依頼のときだけ使う短い語句を、契約時や対面の機会に決めておく
- 合言葉そのものをメールやチャットに書かない(書いた時点で漏れる前提)
- 答えられない相手には「規程なので、こちらから折り返します」と伝えて一度切る
合言葉の運用が難しい相手には、「前回の請求書の末尾3桁は?」のように両者の記録にしか無い事実を尋ねる方法もあります。誕生日や役職名など、調べれば分かる情報は使えません。
3. 金額基準と二人承認
「いくら以上は二人の承認が必要か」を数字で決めます。自社の取引規模に合わせて構いませんが、重要なのは金額ではなく「一人で完結させない」ことです。承認者は役職ではなく人を指名し、不在時の代理も先に決めます。緊急を理由にこの手順を飛ばせる例外は、作らないでください。例外があると、詐欺はその例外を狙います。
「急げ」「内密に」を疑うサインとして教える
技術で見破るのは年々難しくなっています。現場が頼れるのは手口の形です。次の特徴が2つ以上重なったら、手順どおり止める。これを合言葉より先に教えます。
- 急かす: 今日中、今すぐ、この会議中に
- 口外禁止: 内密に、まだ公表前の案件だから、他の部署には言わないで
- 例外の要求: 通常の手続きを飛ばしてほしい、いつもと違う口座に
- 役職の圧: 社長・役員からの直接指示、断りにくい相手
- チャネルの変更: 普段のメールではなく個人の携帯やメッセージアプリへ
この5つは、合成音声でも本物の人間の電話でも共通します。AI 対策というより、昔からの詐欺対策がそのまま効く部分です。
なお、映像の不自然さ(まばたきが少ない、輪郭が揺れる、口の動きと音がずれる)を見分けるコツも紹介されていますが、品質は上がり続けているため補助的な材料にとどめるべきです。「不自然ではなかったから本物」とは判断させない、と明記してください。
どう社内に定着させる? — 1か月でできる段取り
規程を作っても、知らなければ意味がありません。次の順番で進めるのが現実的です。
- 1週目: 対象手続きの棚卸し(前述の表)。経理・情報システム・総務の担当者で30分
- 2週目: 折り返し・合言葉・二人承認の3点を、A4一枚の手順書にする。電話機の横に貼れる分量に
- 3週目: 全員へ周知。「止めた人を責めない」「誤って止めても評価を下げない」を経営者の言葉で明言する
- 4週目: 予告なしの訓練を1回。社内の担当者が、社長を装う依頼メールを経理に送る。止められたら成功
3番目が最も重要です。詐欺が成立する最大の理由は、技術ではなく「上司の指示を疑うと角が立つ」という組織の空気です。止めた人が褒められる前例を一度作ってください。
社外のニュースを材料に周知するときは、事件の概要だけ共有しても行動は変わりません。AIニュースを社内共有する前に、3点だけ足すで書いたとおり、「自社の場合どこが該当するか」「誰が何をするか」を添えて配るのが効きます。また、確認のために相手に内容を言い直してもらう方法は、AI翻訳が伝わったかは「復唱」で確かめるで触れた復唱の考え方と同じで、電話口での確認にも応用できます。
公的な情報源としては、情報処理推進機構(IPA)が公表している「情報セキュリティ10大脅威」で、組織向けの脅威としてビジネスメール詐欺が継続的に取り上げられています。また、警察庁や金融庁、各地の警察本部が、なりすましや特殊詐欺に関する注意喚起を随時出しています。社内研修の材料には、こうした一次情報の名称を明記したうえで最新版を確認する運用にしておくと、情報が古くなったときに気づけます。
まとめ
AI による詐欺・なりすましへの備えは、新しい検知ツールを買うことではありません。「声も顔も文面も、本人確認の根拠にしない」と決め、その代わりになる手順を用意することです。
- 折り返し: 相手が指定した連絡先は使わず、自社の記録にある連絡先へ別経路でかけ直す
- 合言葉: 本人しか知らない情報で確認する。調べれば分かる情報は使わない
- 二人承認: 金額基準を数字で決め、緊急を理由にした例外を作らない
- 空気づくり: 止めた人を責めない。訓練で前例を作る
この4点なら、今週のうちに着手できます。完璧な検知技術を待つより、「一人で、その場で、決めさせない」仕組みを先に置くほうが確実です。
この記事は、AI で下書きを作り、益山康秀(運営者)が内容を確認して公開しています